ゴッホと聞いて、一番最初に思い浮かぶ作品が「ひまわり」という人が多いのではないのでしょうか?
現在、知られているゴッホの「ひまわり」は世界に7点あります。
現存しているのは、6点。
うち一点は個人所蔵の為、実物を鑑賞できるのは5点となります。
1点は、東京、新宿のSOMPO美術館で常設展示されており、開館時はいつでも鑑賞ができます。
ゴッホにとっての「ひまわり」
ゴッホは、「ひまわり」をパリから南仏アルルに移り住んだ際に描いています。
南仏アルルで、若い画家たちを集めて共同生活をしながら、お互いに刺激しあいながら作品創作を行うというゴッホの夢となっていました。
※当時、日本の浮世絵から影響を受けていたゴッホは、浮世絵の鮮やかな色彩から日本を南国と思っており、太陽を求めて南フランスへ移住したと言われています。
「黄色い家」
(1888年)
太陽を求めて、南仏アルルに移り住んだゴッホにとって、ひまわりは太陽の象徴でした。
また、新たな目的をもって新天地に移り住んだ、ゴッホにとて希望の象徴でもあり、来訪を待つ、画家(※)との共同生活への期待を表現するものだったと思います。
(※)この家へ来た画家はゴーギャンだけでした。
ゴッホは、ゴーギャンとの共同生活を楽しみに、共同生活に向けて、この家をひまわりの絵で飾り付けようとしていたようです。
「ひまわりを描くファン・ゴッホ」
(1888年)
アルルに移り住む前にも、ゴッホはひまわりを題材に制作しています。
「2本の切ったひまわり」
(1887年)
この「2本の切ったひまわり」を展覧会に出展した際、自分の作品と交換して欲しいと言う人物が現れました。
その画家がゴーギャンだったことから、ゴッホにとってひまわりは、ゴーギャンへの気持ちで特別なものだったのかもしれません。
7枚の「ひまわり」
ゴッホは、当初12枚の「ひまわり」を作成し、黄色い家を飾り付ける予定だったようですが、花の季節もおわってしまい、実際に描き上げたのは4点のみとなりました。
4点目の作品の完成後は、ゴッホはセルフコピーで3点のひまわりを作成します。
(ゴッホ美術館の「ひまわり」は作品の痛みが進み、作品保全の為、外部への貸出が禁止となりました。)
ゴーギャンとの共同生活は2か月ほどしか続きませんでした。
ゴッホが夢見た画家たちとの共同生活が立ち消えた後、その後、「ひまわり」を描くことはなくなりました。
日本で見れる「ひまわり」/SOMPO美術館
日本のSOMPO美術館(東京、新宿)で見ることができます。(常設展示)
ゴッホの他に、ゴーギャンとセザンヌの作品も所蔵されています。
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