バレリーナの絵と言えば、ドガ

絵画

バレリーナをモデルに多くの作品を残したのがエドガー・ドガです。

彼の作品の半分以上がバレリーナを描いた作品となっています。

エドガー・ドガ

エドガー・ドガ(1834年~1917年)は、印象派創設に強い影響を与えた画家。

マネとも交友関係があり、印象派創設の一人とされ、印象派の画家とされていますが、本人は、自身は写実主義であり印象派と呼ばれることを嫌っていたそうです。

裕福な家庭に育ったドガは、厳格なアカデミックな絵画技法も学ぶことができ、彼自身も古典的な歴史画を描きたいと思っていたようです。

1855年
エドガー・ドガ「自画像」
オルセー美術館所蔵(フランス パリ)

バレリーナを多く描いた理由

裕福な家庭に育ったドガは、オペラ座の会員になっており、当時は、会員は、一般人は入れない、楽屋や稽古場に自由に入れたそうです。

もともとバレエを好んでいたようですが、バレエダンサーを多く描いた理由は、バレリーナの絵は、当時、よく売れたそうで、ドガには作品を多く売らなけらばならない理由がありました。

銀行家だった父親が負債を残して亡くなった事、事業を引き継いだ兄が、事業失敗によりさらに負債を大きくしてしまった事により、ドガは、負債の返済の為、できるだけ多くの作品を売る必要がありました。

彼のバレリーナの作品の多くは、完成がはやいパステルで制作されているのもそんな理由かと思われています。

1878年
エドガー・ドガ
「踊りの花形(エトワール、舞台の踊り子とも呼ばれる)」
オルセー美術館(フランス パリ)
1873年-1875年
エドガー・ドガ「ダンス教室(バレエ教室)」
オルセー美術館(フランス パリ)

バレリーナで描こうとしたこと

ドガは、バレリーナを多く描いていますが、上記の「踊りの花形」の左側にいる男性や下記の作品の右端の男性たちのように、バレエとは、あまり関係のない男性が描かれています。

1874年
エドガー・ドガ「舞台のバレエ稽古」
メトロポリタン美術館所蔵(アメリカ ニューヨーク)

当時のバレリーナの地位はとても低く、パトロンがいないと生活できない為、踊り子たちは、裕福なパロトンを得るために、踊っていたとも言えます。

ドガは、そんな裏の部分も描く事により、踊り子たちが抱えている背景、当時の上流階級の暗部も表現しようとしたのかもしれません。

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