ロートレック 「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」

絵画

ムーラン・ルージュというナイトクラブの宣伝の為に描かれてポスターです。

パリの街に貼り出されるや大変な評判になり、作者のロートレックを一躍時代の寵児とした作品です。

ロートレック

本名は、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックといい、南仏アルビの名門伯爵家の長男として生まれます。

13歳の時に左足、14歳の時に右足の大腿骨を骨折し両足の成長が止まるという障害を負います。(名門貴族のため、近親婚による遺伝子疾患とも考えられています。)

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック

子供の頃より、才能は見出されており、画塾などで学び、27歳でムーラン・ルージュのポスターでポスター画家として名声を得ます。

彼は、名門貴族出身でしたが、ダンスホール、酒場などの歓楽街に入り浸り、そこで働く多く人々を描いています。

歓楽街での生活は、当時の障害者への差別からの逃避もあったとも言われています。

「ムーラン通りの医療検査」
(1894年)

「ムーラン通りのサロン」
(1894年)

障害への差別のストレスや奔放な性生活もありアルコール依存症や梅毒を患い、36歳の若さで亡くなっています。

ムーラン・ルージュのラ・グリュ

ロートレックの出世作となった、このポスターはムーラン・ルージュの男女の人気ダンサーを描いています。

主役の女性ダンサー(ラ・グリュ)を中央に男性ダンサーを手前にシルエットで表すという構図は、浮世絵の影響も受けていると言われています。

「ムーラン・ルージュのラ・グリュ」
(1894年)

1891年
アンリー・ド・トゥールーズ・ロートレック
「ムーランルージュのラ・グリュ」

男性ダンサー(骨なしヴァランタン)と観客をシルエットで描き、女性ダンサー(ラ・グリュ)に視線が集中するよう計算され描かれています。

ラ・グリュ

ラ・グリュは「大食い」を意味し、当時のトップダンサー、ルイーズ・ウェヴェールの通称です。

ロートレックは彼女のファンでした。

「ムーラン・ルージュに入るラ・グリュ」
(1891-92年)

1891-1892年
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック
「ムーラン・ルージュに入るラ・グリュ」
ニューヨーク近代美術館蔵

骨なしヴァランタン

ラ・グリュのパートナーダンサーのヴァランタン

そのしなやかな身のこなしから「骨なしのヴァランタン」

と呼ばれました。

ムーラン・ルージュ

フランス パリ市内にあるキャバレーでフランス語で「赤い風車」を意味します。

実際、屋根の上に赤い風車があります。

1889年から始まり、現在もパリを代表する観光スポットです。

日本語の公式サイトもあり、日本語で予約もきます。

引用:ムーラン・ルージュ公式日本語サイト
https://amzn.to/3VkOwtK

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